注目されるニューヨーク連銀調査レポート

2026/02/27

米国

 2月にニューヨーク連銀(以下、NYFED)が公表した調査レポート(以下、本レポート)が米国で話題になっており、日本のマスコミの一部も取り上げています。

Who Is Paying for the 2025 U.S. Tariffs?

 本レポートは、NYFEDのサイト内で調査チームが運営するブログLiberty Street Economicsにて公表されたものですが、このブログにて公表されたレポートは執筆者である調査チームのエコノミストたちの個人的見解であり、NYFEDの公式見解ではないと位置付けられています。

 とは言え、NYFEDに属する調査チームの関心事を知ることができるため、このブログに注目する市場参加者は少なくありません。


 内容としては、表題の通り、トランプ関税を誰が支払っているのかを検証したものです。

 関税の仕組みとして、直接の支払者は輸入者である米企業ですし、関税負担分が価格転嫁されるならば輸入品を購入する消費者が実質的に負担することになります。

 しかし、販売戦略の都合から、輸出者が輸出価格を関税分だけ引き下げることで、消費者の負担が関税前と変わらないようにするケースも考えられます。

 輸入側が負担しているならば、収益を圧迫することから米企業の活動を抑制している可能性や、価格転嫁によりインフレや物価動向に影響を与えている可能性等、米国経済に与えるインパクトを考慮する必要性が出てくることから、影響把握を進めることは調査チームとして当然の責務と言えます。


 検証の結果、関税の約9割は輸入側の米国企業や米消費者が負担していると見られ、輸入品の価格は11パーセント程度関税によって押し上げられていると結論付けています。

 ここで注意すべきは、本レポートは関税の最終負担者が誰であるかまでは踏み込んでいないことです。

 日本の自動車メーカーは価格を引き下げずに輸出しているので、輸入者が関税を負担していますが、多くの場合は輸入者でもある同メーカーの米国現法の販売会社が負担しているので、本レポートが正しいと同時に、価格転嫁が進まない限り決算上は日本の自動車メーカーが負担していることになります。


 さて、ここまでの説明だけでは本レポートが注目された理由が分かりにくいかもしれません。

 トランプ大統領は関税の仕組みを理解していないので、関税は”輸出国”が負担すると再三説明してきましたが、本レポートはその言い分を否定したわけです。

 実は、全米経済研究所(NBER)や議会予算局(CBO)も同様のレポートを公表しているのですが、まったくと言っていいほどメディアは反応していません。

 一方、本レポートにはメディア各社が反応しました。

Costs from Trump's tariffs paid mainly by US firms and consumers, NY Fed says

 折しもFRBとトランプ政権の関係が悪化している状況下ですから、トランプ大統領に喧嘩を売ったと見られたわけです。


 そうなると黙っていられないのがトランプ政権です。

 国家経済会議(NEC)の委員長および大統領経済顧問であるハセット氏がCNBCインタビューで早速本レポートを強く批判しました。

Hassett says authors of New York Fed tariff study should be disciplined: ‘Worst paper I’ve ever seen’

ハセット委員長の主なコメント:

-「本レポートは、関税の効果を無視し、価格についてのみ注目している」

 関税の効果検証は本レポートのスコープ外です。

-「本レポートは、製造業が国内回帰することによる賃金等へのプラス効果も勘案すべきである」

 繰り返しですが、本レポートのスコープ外です。

-「本レポートは、FRB史上最悪の報告書であり、恥ずべき内容である。執筆者たちは罰せられるべきである」

 前述したように、執筆者の個人的見解にすぎません。言論の自由はどこにいったのでしょうか。

-「関税は物価に影響を与えることはほとんどなく、生活の向上に役立っている」

 関税の仕組みを考えれば、ありえない解釈です。

-「物価は下がっているし、インフレも下がっている。輸入価格は年前半に下がったのちは落ち着いている。実質賃金は平均1400ドルも上昇している。つまり関税のおかげで消費者はより豊かになった。執筆者の調査結果とはまったく異なることが起きている」

 本レポートは、物価およびインフレ動向に言及していません。単に、関税対象ではない製品よりも関税対象の輸入品が11パーセント程度相対的に高いと述べているだけで、ハセット委員長の言う通りに物価やインフレが下がっているならば、関税が無ければもっと下がっていた可能性があるということです。

 輸入価格は下がっているとハセット委員長は主張していますが、関税が物価を押し上げているならば輸入価格は上昇しているはずと言いたいのだと思います。しかし、労働統計局(BLS)が公表している輸入価格指数には関税は含まれません。

Do the Import/Export Price Indexes include import duties?

そもそも輸入品の価格に対して関税が課せられるのですから、BLSの手法を問うまでもなく輸入価格には関税は含まれないと考えるのが自然です。トランプ大統領だけでなくハセット委員長も関税の仕組みを理解していないのでしょうか。

 実質賃金の主張に至っては、本レポートのスコープから完全に外れています。


 以上のように、かなり強い調子で批判をするハセット委員長ですが、その指摘は悉く的外れです。

 ハセット委員長は、大学で経済学を教えていた経験もあるエコノミストで、一時期はFRB議長候補として取り沙汰されたこともありますが、その割にはレポートの読解力が低いのか本レポートに対する有効な反論を何一つ提示できていません。

 まともな反論の一つもできないで専門家と言えるのでしょうか。


 そうなると、ハセット委員長の言い分がそもそも正しいのか気になります。

◎物価

 個人消費支出(PCE)価格指数

  2024年12月:124.979

  2025年12月:128.605

 この指数で見る限り、物価が下がったと言える要素は見当たりません。

◎インフレ

 コアCPI指数(変化率)

  2024年12月:3.2%

  2025年12月:2.5%

  (期間中レンジ:2.5-3.3%)

 インフレ率自体はハセット委員長の言う通り下がっていますが、期間中ずっとプラス圏ですからこの指数でも物価が下がったと言える要素は見当たりません。ちなみに、関税はインフレ率を0.7%程押し上げているとの見解を示しているNBERレポートがありますが、ハセット委員長はこちらは読んでいないのでしょうか。

◎輸入価格

 輸入価格指数(変化率)※燃料除く

  2024年12月:2.3%

  2025年12月:0.8%

  (期間中レンジ:0.3-2.3%)

 輸入価格の伸び率は下がっていますが、輸入価格自体は上昇を続けています。

◎実質賃金

 実質平均週給

  2025年12月時点変化率:0.7%

 平均賃金が上昇したこと自体はハセット委員長の言う通りです。年間1400ドル増加という数字をどうやって導いたのかはちょっと気になりますが。


 インフレや実質賃金についてはハセット委員長の言い分を受け入れるとして、物価や輸入価格に関する言い分は全くの間違いです。

 おそらく物価そのものの動きと伸び率の動きを混同しているようで、専門家ならばありえない初歩的ミスです。


 ハセット委員長はトランプ大統領への忠誠心が強いことで知られますが、やはり能力よりも忠誠心を優先して政権幹部を選出したことがこのような結果を招いているのでしょう。




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